東日本大震災の被災者の皆様には心よりお見舞いい申し上げます。
クラブネッツでは、被災クラブの子どもたちへの支援のために、本年6月1日から「子どもスポーツ支援プロジェクト」を立ち上げ、全国の総合型地域スポーツクラブやスポーツNPOの仲間から多くの支援金を集めてきました。
支援金を送っていただいたクラブの関係者の皆様に、心よりお礼を申し上げますとともに、今後も全力でクラブの皆様の支援に取り組んでまいります。
どうか引き続きのご支援を賜りますよう心よりお願い申し上げます。
また、被災クラブの皆様には、一日も早い復興を祈念しております。
支援金は、現在(平成23年12月17日)、下記クラブへ配布させていただきました。
岩手県
唐丹地区すぽこんクラブ(釜石市)
宮城県
社団法人塩竈フットボールクラブ(塩釜市)
NPO法人石巻スポーツ振興サポートセンター(石巻市)
いしのまき総合スポーツクラブ(石巻市)
唐桑総合型地域クラブ(気仙沼市)
NPO法人なんでもエンジョイ面瀬クラブ<NEO>(気仙沼市)
NPO法人多賀城市民スポーツクラブ(多賀城市)
NPO法人アクアゆめクラブ(七ヶ浜町)
福島県
NPO法人はらまちクラブ(南相馬市)
(財)福島県体育協会 うつくしま広域スポーツセンター
プロジェクトマネジャー 伏見 俊哉
東日本大震災から3ヶ月が経過した6月、三重県より本センターに「福島県内の軟式野球をしている子どもたちに支援の手をさしのべたい」という電話連絡がありました。連絡をしてきたのは、津市にある橋南スポーツクラブで軟式野球部の監督をしている松井強氏。松井氏は、軟式野球部の子どもたちと保護者、そしてコーチに相談し、数回にわたる津市での募金活動と募金箱による据置募金活動を計画。本センターとしてもこの熱い想いに答えようと浜通りの被災したクラブの情報を元に「かしま元気スポーツクラブ」を支援先として紹介しました。
そして、9月18日(日)、松井氏をはじめとした軟式野球部スタッフ6名が、南相馬市鹿島区を訪問、橋南軟式野球の子どもたちによる募金活動で集めた約68万円の義援金をかしま元気スポーツクラブへ直接手渡しました。これはクラブ同士が助け合う姿としてだけでなく、深い絆が生まれた場面でもありました。その後、橋南軟式野球部スタッフは、鹿島区の津波や放射能によるに被災状況を視察し、その被害の大きさを目の当たりにします。その夜の懇親会は、クラブ同士の絆をより強くするものとなりました。


翌日、橋南軟式野球部スタッフは、仮設住宅の集会場での「サロン活動」を行いました。事前に準備したプログラムを仮設住宅の住民へ提供し、会場の中は子どもやお年寄りの笑顔と歓声に包まれました。「孫の笑顔を久しぶりに見た。」というおばあちゃんのひと言が、スタッフの心を和ませてくれました。
総合型クラブ同士の絆は、そこにいる一人ひとりの心のつながりでもあります。
松井氏の熱い想いから始まった募金活動、その中で育まれた津市の市民同士のつながり、軟式野球部の団結、そしてかしま元気スポーツクラブとの出会い。その一つ一つは総合型クラブがなければあり得ません。
被災しバラバラになったかしま元気スポーツクラブの役員や会員の方々も、それぞれの場所で連絡を取り合い、励まし合って生活しています。かしま元気スポーツクラブ事務局 長の幾世橋氏は笑顔でこう言いました。「津波で家を流され、財産を全てなくした。流されたものを探しに行っても何も見つからなかったが、今まで築いた人のつながりはしっかり残っている。かしま元気スポーツクラブを早く復活させ、鹿島区を元気にしたい。」
当クラブでは、去る9月24日(土)・25日(日)の両日、福島県南相馬市はらまちクラブ/チアリーディングの子ども達を、私たちが主催する「第6回北区アクアスロン大会」へ招いて、これまで子ども達が培ってきたパフォーマンスを披露してもらえる場面を企画・設定しました。
初日の24日には、北区西が丘にある「味の素ナショナルトレーニングセンター」への視察を企画しました。

南相馬市「はらまちクラブ」チアリーディングチーム
はらまちクラブの子ども達及び親御さん・クラブスタッフ・指導者の皆さん等、総勢30名の方々がトレセン前で集合し、先ずは、日頃トップアスリートが利用しているレストランで昼食を摂っていただきました。
当日は、体操世界選手権の代表メンバー等、多くのアスリートが合宿を行っており、レストラン内でもアスリート達と出会い、日本トップレベルの選手達の息吹を感じてもらえたと思います。
そんな中、オリンピックの変遷や日本の選手強化の実情を説明して頂いた後、バレーボール・バスケットボール・体操・ボクシングのトレーニング会場を順次視察したり、実際に用具などに触れる体験をさせていただきました。
子ども達にとって、貴重な経験になってくれたことを願っています。
今回の宿泊施設は、東京都北区が用意した、東日本大震災非難施設で泊まっていただきました。
中学校の廃校を利用した施設で、私達も初めて見る施設でしたが、緊急に整備した割にはしっかりとした内容だったことに驚きました。
夜には、地元のイタリアンレストランのご好意で「歓迎夕食会」を催しました。
北区より区長が足を運ばれたり、子ども達へ区からの記念品をお渡しするなど、区としてのおもてなしの心が皆さんに伝われば幸いです。
翌25日は、北区アクアスロン大会の本番で、ゴールに設定した北運動場で、次々とゴールする選手達に力を与える応援をしてくれました。
ここには、東京の大田区(ピボットフット)・世田谷区の子ども達も友情参加してくれて、大いに大会を盛り上げてくれました。
最後に、彼女達が被災前に練習を積み重ねてきた、チアリーディングのパフォーマンスを大会に関係した全ての皆様へ披露してもらいました。
個々夫々が離散することを余儀なくされ、この半年間で全くと言って良いほど練習が出来ない環境にありながら、前日2・3時間練習しただけで、力強いパフォーマンスを私達に見せてくれた子ども達に対し、心から賞賛の拍手を送ると共に、是非これからの苦難に打ち勝ってほしいと願うばかりです。
私達クラブとしては、今回のイベントを一過性で終わらせないためにも、12月から「はらまちクラブ/支援プログラム」として、チアリーディングのプログラムを開催し、その運営収益から義捐金を送り続けることにいたしました。
震災直後から、「私達クラブが出来ることは何だろう?」と日々考え続けて
きましたが、やっとそのスタートに立てた思いです。
今回参加してくれた子ども達は、被災した子ども達の一握りかもしれませんが、今後の活動を通じて少しづつ力を取り戻していってくれたらと願っています。

RedShuffle北区アクアスロン大会事業報告書
そして、このような小さな結晶が、各地で徐々に芽生え、加速度的に東北全体で大きな花となり「実」として育っていき、被災した子ども達の大きな力に変わっていってくれることを心から祈っております。
先ずはご報告まで
NPO法人れっど★しゃっふる
虫の鳴く音に秋の訪れを感じるころとなりました。
皆さまからご指導ご支援を賜って参りました当クラブも、平成3年11月に設立以来20年を迎えました。これもひとえに皆様のご鞭撻の賜物と深く感謝申し上げます。
昨年より、記念パーティ及び講演会を計画してきましたが、東日本大震災の発生を受け、会員の総意により、予定していた資金20万円を総て寄付することと致しました。
一度は記念事業を中止しましたが、11月が近づくにつれ何か記念行事をした方が良いのではとの意見が上がりました。
→ 続きはこちら (スポーツクラブ‘91天城のホームページから)
平成18年7月、倉敷市長宛に天城小学校グラウンドに夜間照明設置の要望書を提出しました。紆余曲折を経て5年、今年5月に設置が決定いたしました。
天城小学校体育館は耐震工事を今年6月より9月末まで行っており、その終了を待って、夜間照明の工事が始まります。使用開始は来年4月を予定しています。夜間照明を利用した新しい種目、また新しいクラブと夢が広がると同時に、十分利用していただけれうか少し不安な今日この頃です。
スポーツライフ‘91天城の活動は今年度、体育館が利用できないため、会員が大きく減少しています。
スポーツ以外では、天城学区コミュニティ協議会、天城学区社会福祉協議会の主力構成団体として活動のウイングを広げています。
NPO法人スポーツライフ ‘91天城
代表幹事 葭野浩道

天城小学校ニュースポーツクラブに用具持参(総て小学校に保管しています)で指導

第19回源平ソフトバレーボール藤戸合戦=2011年1月1日を迎えた瞬間児島健康まつり=児島愛育委員会主催行事ニュースポーツ体験コーナー
鹿児島市の NPO法人SCC(スポーツ・コミュニケーション・サークル) さん。
From Kagoshima Project の趣旨をご理解頂き、
このたび、NPO法人SCC × From Kagoshima Project が始動いたしました。
2011年3月27日、SCCさん主催の「第10回 50メートルダッシュ王選手権大会」が鹿児島市で開催されました。
50mを2回走り、合計タイムで各世代ごとの「ダッシュ王」を決定します。
支援内容
ダッシュ王選手権おなじみのイベント「50メートル、申告ぴったりタイムで走りましょう」。
今回、SCC× From Kagoshima Projectということで、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
→ 続きはクリック[From Kagoshima Projectのホームページ]
NPO法人はちきたSC(東京都八王子市)では、この度の東日本大震災の復興支援のため、ボランティアバスによる支援活動を行っています。
地域スポーツクラブの力を復興支援に生かせないかと考えた時に、我々の一番の強みはネットワークであると考えました。そこで、地域のネットワークにより八王子市民を中心にボランティア参加者を募り、クラブ間のネットワークにより、宮城県七ヶ浜町の「アクアゆめクラブ」さんを通じて支援活動をさせて頂くようにしています。
第1回(2011.4.7)4名
会員の皆様からお預かりした支援物資を持って、はちきたSCの職員で「宮城県七ヶ浜町」に被災地支援に行って参りました。大型避難所となる七ヶ浜国際村での、避難所づくりや水の汲み替えなど、日頃スポーツで鍛えた体を使って支援作業をさせて頂きました。
第2回(2011.9.9~9.10)11名
HPや会員さんのネットワークを活用して参加者を募り、2回目の支援活動に行って参りました。具体的には、イベント会場周辺の草むしり、砂浜のごみ拾いがメインでした。特に砂浜のごみ拾いは体力的にもハードでしたが、1日かけてかなり綺麗になりました。しかし、潮が満ちて波が押し寄せると、またごみが運ばれてきてしまうそうです。人の手で何度も何度も繰り返しごみを拾い続けなくてはならないという現実に、改めてボランティアの必要性を感じました。
今後も月一回のペースで継続的に現地に伺います。
 第1回 支援物資 | -e1316606737554.jpg) 第1回 作業風景(個人宅の解体) | -e1316606782844.jpg) 第2回 作業風景(浜の清掃) |
「夏休みに福島の子どもたちをドイツに招待したい」と書かれた1通のメールが私の元に届いた。このメールの差出人であるアクセル・ベッカー氏が所属するライン・ノイス郡スポーツ連盟と加盟する地域のスポーツクラブが連携し、渡航費とドイツ滞在に関わるすべての費用をノイス郡側で負担する目処がついたので、私に福島県との橋渡しを依頼したいという内容であった。
本プロジェクトは8月2日から9日までの7泊9日の日程で実施され、福島県内の総合型地域スポーツクラブで活動している中学生20名が参加した(プログラムの詳細は下記PDFを参照)。
福島の子供たちのための休暇プログラムうつくしまBande(絆)ドイツ交流プログラム(PDF)
ほとんどが初めての海外旅行とあって、最初は言葉や食べ物、気候の違いなどにとまどう子もいたが、本当の家族のように温かく迎えてくれたホストファミリーと生活を共にし、ドイツの子どもたちと一緒にスポーツを楽しむうちに次第に打ち解けていくようになった。
子どもたちは、陸上、水泳、バドミントン、テニス、2人乗り自転車でサイクリング、アスレチック、そして屋内スキー&スノーボードなど、普段体験することができないようなプログラムに驚きながらも、水を得た魚のように元気に活動していた。
震災以来、放射能の影響から屋外での活動が制限されていた子どもたちの表情は、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、現地のグラウンドで思いっきり走り回ったり、芝生で転げ回ったりするに連れ、だんだんと明るくなっていった。どの子も無心で遊べること、思いのままに活動できることの幸せを感じていたのだろう。
しかし、このプロジェクトはドイツの人たちの力だけでは到底成し得ることはできなかった。子どもたちの初めてのドイツ訪問を楽しいものにするために、帯同者である3名のスタッフ、そして現地在住の通訳2名の方が抜群のチームワークで子どもたちの滞在中、常にサポート体制を整え、支えてくださったのである。
それまでは遠い外国のひとつであったドイツという国に不思議な巡り合わせで訪れることになった子どもたちが、ドイツを離れる前に一人ひとり感想を述べてくれた。その中に「一生懸命勉強して大きくなったら必ずドイツに留学したいです」と言ってくれた子がいた。
今回のドイツ訪問が震災や原発事故を乗り越え、彼らの将来に希望を与えるきっかけになってくれたならば最高である。遠く離れたドイツの“家族”が福島に思いを馳せてくれていることを忘れないでほしい。
がんばれ福島のこどもたち!
宮崎県宮崎市にある半九レインボースポーツクラブの澤山氏は、地震発生2日後に、支援物資を自家用車に積み込み、宮崎市から片道約1,700Km、28時間かけて仙台市にやってきた。それ以来、これまで6回東北を訪れている(詳しくは表を参照)。
1回目(2011年3月13日〜16日)
20年ほど前に宮城県で3年間ほど仕事をしていた関係で、津波の被害を受けた仙台空港の映像を見た瞬間、いても立ってもいられなくなり、家にある飲料水や食料品を車に積めるだけ積んで、宮崎市の自宅を出発した。被災地は、ガソリンをはじめ、水道、ガス、電気すべてが止まっており、何もかもが不足している状態であった。もちろんスーパーやコンビニ等もすべて閉まっていたため、山形まで引き返し給油して、食料、飲料水、果物などを調達し、宮城野区の避難所に届けた。
2回目(2011年3月20日〜24日)
ひとりの力では限界があることを感じ、宮崎県内の総合型クラブの仲間に応援を呼びかけたところ、うづらスポーツクラブ、佐土原スポーツクラブ、住吉スポーツクラブ等からたくさんの支援物資が届けられた。そこで、4tトラックを借り、それらの救援物資を積み込み、再び被災地に向け出発した。塩竃FCやアクアゆめクラブを訪ね、日向夏みかんや宮崎野菜ジュース等を届けると共に、アクアゆめクラブのある七ヶ浜町の避難所に、ダンボール約500個の支援物資(食料、米、飲料水、果物、野菜ジュース、毛布、衣料品、オムツ、文房具など)を届けた。
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左が澤山氏、右が塩竈FC小幡理事長
3回目(2011年4月8日〜16日)
宮崎県で口蹄疫、新燃岳の噴火、鳥インフルエンザが発生したときに、全国の人々から寄せられた支援に感謝し、ありがとうを届けようプロジェクト「ありがとう!宮崎チームⅠ」のメンバー8名がマイクロバスと大型ワゴン車に分乗し、宮崎市を出発、フェリーで大阪に上陸したのち、岐阜県瑞穂市にある「なかよしクラブすなみ」や新潟県新発田市にある「とらい夢」に立ち寄り、追加の支援物資(お米60Kg、お菓子、おもちゃ等)を積み込み、東北の被災地へ向かった。宮崎県とも連携し、県からガソリン代の補助を受ける。2回目同様、塩竃FCやアクアゆめクラブを訪ねた後、宮城県サッカー協会事務局にダンボール約200箱の支援物資を届け、仕分け作業の手伝いを行った。その後、原発から20km・30km圏内の人たちが多く避難している福島市の「あづま総合体育館」と郡山市の「ビックパレットふくしま」を訪ね、日向夏みかんやジュース等の支援物資を届けた。また、津波で被害を受けたアクアゆめクラブが管理するプールの雨樋修理やトイレの掃除、ガレキの撤去、炊き出しの手伝いを行った。さらに、石巻市の避難所(石巻中学校等)を訪ね、飲料水、お菓子、鯉のぼりを届けてきた。
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がんばろう!石巻

マイクロバスで支援物資を届ける
4回目(2011年4月30日〜5月6日)
ゴールデンウィークを利用し、「ありがとう!宮崎チームⅡ」の新しいメンバー(8名)と共に、マイクロバスで東北に向け出発した。これまでと同じように、ガレキ撤去(石巻)、物資仕分け(塩釜)、炊き出し(塩釜、石巻、南三陸)、物資提供(福島、塩釜、石巻、南三陸)を行ったほか、塩釜、石巻、南三陸では、被災した子どもたちを対象としたサッカースクールやフライングディスクなどスポーツ・レクリエーション活動を行った。

フライングディスクを楽しむ子ども

石巻高校での炊き出し
5回目(2011年6月17日〜6月21日)
津波で大きな被害を受けた奥松島、女川、雄勝の港や海岸の復興状況を確認しながら北上し、石巻市に向かった。石巻スポーツ振興サポートセンター松村理事長の計らいもあり、石巻駅前商店街のフリーマーケットに参加した。宮崎の特産品を販売し、売上の13,951円は寄付した。翌日は、駐車場のヘドロ除去(終日作業)のボランティア活動に参加し、6月21日、帰路についた。
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フリーマーケットで宮崎の特産品を販売
6回目(2011年7月23日〜7月25日)
塩釜FCの小幡理事長やクラブネッツの小野崎理事の誘いで、東北復興記念サマーサッカー2011(U12)in岩手八幡平安比高原、復興記念サマーカヤックスクールin安比、ネッツバー安比に参加した。今回の訪問には、クラブのメンバーである小学5年生の米原君も同行し、秋田の土崎サッカークラブ5年生チームのFWとして試合に出場し、地元の子ども達と一緒にサッカーを楽しんだ。澤山氏も、土崎サッカークラブの指揮をとったり、サッカー教室やバレーボール教室のサポートを行ったりした。また、近くの小川で、FC白石や土崎サッカークラブの子ども達と一緒にカヤックを楽しんだ。さらに、ネッツバーでは、東北ビック3(宮城・塩竈FCの小幡忠義氏、岩手・フォルダの司東道雄氏、福島・はらまちクラブの江本節子氏)の方々から、震災後にクラブがどのようなことを行ってきたかについての報告や総合型クラブが果たすべき社会的役割について活発な討論が行われた。
2011年9月17日 報告者 黒須 充
宮城県石巻市にあるNPO法人石巻スポーツ振興サポートセンターの松村理事長は、震災による津波で自宅が流され、避難所生活を余儀なくされたにもかかわらず、総合型地域スポーツクラブの活動を通して培った幅広い人脈を活かして、積極的に被災者・被災地支援活動を行っている。
1. 石巻高校の避難所で、避難者の要望やニーズの吸い上げ、行政との連絡調整等のまとめ役を務めると共に、石巻市内の各避難所のリーダーで構成する「避難所ネットワーク会議」を立ち上げ、直面する課題についての情報交換や避難所から仮設住宅へのスムーズな二次避難への移行などについて検討を行った。
2. ガレキの撤去やヘドロの除去作業、支援物資の仕分け・分配作業などといった、被災に直結したボランティア活動「まちなか復興プロジェクト」を立ち上げた。
3. 津波で家を失い、着の身着のままで避難してきた子どもたちに運動靴や運動着を贈るための募金活動「わんぱく復興プロジェクト」を立ち上げ、学校を通して、被災した児童・生徒に運動用具を提供した。
4. 「避難所生活で体を動かす機会が少ない子どもたちに少しでも喜んで欲しい」と埼玉県川口市の総合型地域スポーツクラブ「リリー・アスレチッククラブ」の小嶋会長を招き、わんぱくスマイルプロジェクト「タグラグビーで遊ぼう!」を実施した。
5. サッカー元日本代表主将の宮本恒靖選手を招いたサッカー教室を開催した。
6. 津波で全壊した住宅街などを歩き、被害の現状と復興の歩みを目に焼き付けようと、「復興ウォーキング」を呼びかけ、県外からも多くの人が参加した。
7. 内閣官房震災ボランティア連携室企画官田村太郎氏を講師に招き、仮設住宅におけるコミュニティ形成を目的とした講演会『楽笑生活のススメ』を開催した。
8. 震災前(3/6)に東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地であるクリネックススタジアム宮城を会場に10人制の特別ルールで行うキックベース大会を主催した経験を生かし、ドッジボールやキックベースなどスポーツを楽しむイベントを多数企画・実施している。
9. 9月18日(日)に仮設住宅に住む被災者を対象とした「ノルディックウォーキングエクササイズ体験」、10月9日(日)に「第2回被災地石巻復興ウォーキング」を実施する予定である(詳しくは以下URLを参照)。
http://www.i-support.or.jp/
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黒須ゼミの3年生と一緒に石巻市を訪問(右から2人目、松村理事長)
はなわふれあいスポーツクラブでは、今回の震災により受けたダメージは、自分たちがやっつけないといけないと考えています。自分がみんなをでははく、各々が自分自身を。各々が自分自身を励まし、勇気づけ、行動する人が増えれば、そこでは復興がスタートしています。そういう人が増えることが復興への道だと考えています。
はなわふれあいスポーツクラブでももちろん震災の影響はあるものの、大きな変化もなく事業を実施しています。そうなれば、はなわふれあいスポーツクラブがすることは、地域を元気にすること、笑顔を増やすこと。以前までと変わらないことを精一杯やっています。
そして、今回のどろ祭りもそのひとつです。塙町民はもちろん、近隣市町村の方、帰省された方など、さまざまな人に楽しんでもらえるこのどろ祭りは実に、充実した事業でした。
今回賛同させていただいた「子どものスポーツ支援プロジェクト」は、はなわからでは手が届かない、はなわにいては現状も知ることができない、子どもたちの力になれるすばらしい方法だと信じています。どうか、子どもたちの未来が少しでも明るくなるように、お役立ていただきたいと思います。
平成23年9月13日
はなわふれあいスポーツクラブ
藤田健
 どろ祭り_バレー1 |  どろ祭り_バレー2 |
 どろ祭り_どろフラッグ |  どろ祭り_早食い王決定戦 |
■■■■□ はなわふれあいスポーツクラブ
■■■□□ クラブマネジャー 藤田 健
■■■□□ HP: http://hanawa-fsc.jp
■□□□□ TEL:0247-43-2644 FAX:0247-43-1883
□□□□□ Mail:sgs@town.hanawa.fukushima.jp

塩竈FCに文房具を届けたところ
浦和スポーツクラブでは、次のようなことに取り組んできました
1)+ONEプロジェクト
毎月の会費の引落に、1世帯あたり100円を上乗せすることとし、1,000世帯を超える会員が賛同して参加しています。8月はお休みのプログラムも多かったのですが、9月からはフル稼働していきます。
このほかにも3~4月には募金箱を設置し、各プログラムで募金を呼びかけました。
これらの活動で集まった支援金を、当面は子どものスポーツ支援プロジェクトにいれることとしました。
2)物資支援
わずかですが、みんなでスポーツウェアなどを集めて、被災地に持参しました。写真は塩竈FCに文房具を届けたところです。
3)埼玉県への避難者の対応
埼玉県の協議会では、被災地から避難して埼玉県にこられた方で、クラブの活動に参加したい方について、今年度中について会費を無料で受け入れるなどの支援をすることを、決めました。
右は、この活動に参加しているクラブが掲げるマークです。
このほか、結果的に浦スポの指導者が直接関わることはありませんでしたが、県内のクラブと協力して、県立騎西高校跡地に避難されてきている双葉町の皆さんのところに、伺い、歌声広場や健康体操などのプログラムを提供してきました(主に、北本あさひスポーツ文化クラブ、さいたまスポーツクラブなどのクラブが活躍されました)。
私達のクラブでも福島県南相馬市へボランティアに行きました。
クラブのマイクロバスで23名が参加しました。
参加者のつながりは今も継続しており、めいめいが何らかの形で支援の活動を継続しています。
1人1人、1つ1つのエネルギーは確実に何かを生んでいるように思います。
これを続けていくことが大切で、その中から生まれるつながりやマインドが被災地の方々だけでなく、日本全体の今後のクラブが大切にするべきものを教えてくれのではないかと考えます。
6月18日(土)、19日(日)に福島県南相馬市鹿島地区にて実施した震災ボランティアの活動写真を掲載したいと思います。
6月18日、19日の被災地ボランティア活動
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あなたの色を「パレット」で。
NPO法人クラブパレット マネジャー 西村 貴之
山口県宇部市で活動しているGoppoええぞなクラブと申します。
この度、子どものスポーツ支援プロジェクトに参加させていただきます。
当クラブの個人会員、団体会員を合わせ、176名(1人100円)分の入金をさせていただきました。
Goppoええぞなクラブ
今年で7回目を迎える「希楽々夏祭りカラオケ大会」が8月28日に開催されました。
今年は、ELF丸亀の齋藤CMのお力をお借りして、被災地応援うちわを作成し、カラオケ大会観覧者に配り、「被災地した子どもの支援プロジェクト」にご協力をいただきました。
希楽々夏祭りカラオケ大会 報告書はこちら
NPO法人希楽々(新潟県村上市)
クラブマネージャー 渡辺優子

私を含む「希楽々芸能部」によるKARAダンス